東京にいた頃、「長野」といえば…
- 北アルプス、上高地、白馬、志賀高原など「山」のイメージ…空気がきれい、星空が見える。
- 松本城、善光寺、軽井沢、地獄谷の猿などの観光地…スキーや温泉。
- そば、野沢菜、おやき、りんご、日本酒、ワインといった食べ物…水がきれいだから酒も米もうまい。
- 冬は雪がすごそう…信州=雪国。夏も涼しい避暑地。
- 都会の喧騒から離れて「ゆったり暮らせそう」。
そんなイメージを抱えていた…でも、ながの暮らしには「欠かすことのできない試練」があったのです。
それが…雪かき!
長野の冬と雪かきの付き合い方
長野に暮らしていると、冬の朝は目覚ましよりも雪の気配で起きることがあります。
窓を開けて外を見たら一面真っ白。屋根も車も庭も、すべてが雪に包まれていて「よし、今日も雪かきから始めるか…」と腹をくくる。だって…
雪かきはスポーツに近い!
スコップを持って庭に出ると、まずは玄関から道路までのルートを確保する。ここを開けないと外に出られない。硬くなった雪をガリガリ削っていると、いつの間にか背中にじんわり汗がにじむ。
寒さで震えていたはずなのに、30分も動けばダウンジャケットの中はサウナ状態だ。
大変なのは車まわり。駐車場に積もった雪をどかし、車の屋根にのしかかった雪を落とす。
油断するとフロントガラスにドサッと雪が滑り落ち、襟の中に入り込んで「うわっ!」と声を上げることになる。これ、雪国に住む人なら一度は経験しているはず。
雪かきで悩ましいのは「どこに雪を寄せるか」。最初は家の隅に集めるんだけど、何日も続くと山ができてしまい、もう捨て場がない。近所では雪の置き場をめぐって、ちょっとしたコミュニケーション(時には小競り合い?)が生まれるのも冬の風物詩。
でも、雪かきには不思議な一体感もある。
朝早くから近所のおじさんやおばさんがスコップ片手に出てきて…
「今日は重い雪だねえ」「腰にくるねえ」
なんて話しながら一緒に作業する。
普段あまり会話をしない人とも、雪かきのときだけは自然に声を掛け合う。それがちょっとしたご近所づきあいになっている。
子どもたちにとっては遊びの時間でもある。親が必死に雪をどかしている横で、雪玉を作ったり小さなかまくらを掘ったり。効率は落ちるけど、その光景を見ると「まあ、これも冬の思い出だな」と思えてしまう。
雪かきは正直しんどい。腰も腕も痛くなるし、朝から全力運動は体にこたえる。それでも、雪を片付け終わってきれいになった道を見ると、ちょっとした達成感がある。
青空が広がっていれば「よし、今日も一日がんばろう」なんて前向きな気分にもなるから不思議だ。
冬が終わると「あの雪かきの日々も悪くなかったな」と思える。
大変さも、ちょっとした笑い話も、全部ひっくるめて長野の暮らしの一部。結局、雪かきも“冬の風物詩”なんだよね。


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